自分は、デザインに
物語を込めようとしているのだと最近気づいた。
特に鎌倉に住んでから知り合った
友人仲間関係に作った諸々のデザインは
その傾向が如実に表れている。
デザインを作る前には必ず依頼主に直接会って、
そのサービスが生まれた背景や、
もたらそうとしているものを
ひとつでも多く受け取ることで、
物語を作るための手がかりを探るところが
まず最初の作業だったりする。
その中から残すべきエッセンスを絞り込み、
それを表現するための形と色彩を探り、
物語を一枚絵に凝縮させるように、
感じ取った材料を厳選しながら
形を組み立てていく。
作れたかどうか、は、
描けたかどうか、に近い気がする。
表現すべきことを表現できたかどうか。
前に、AIでロゴデザインを制作する
テクノロジーの話を聞いた。
条件をいくつか入力すると
AIがデザインを速攻で仕上げてくれる
この上なく効率的なシステムだった。
デザイン的な形が必要な人には
きっと大いに役立つだろう。
でもなんか違う。と思った。
自分がデザインに込めたいと思っている物語を
果たしてそれで表現できるのだろうか
という疑問がすごくモヤモヤと湧き上がってきて、
たぶんそのモヤモヤこそが、
あえて自分が作る意味なのだろう、とも思った。
ずっと大切に受け継いでもらえるような
物語を描くために大切なのは、
数値化できない感覚を柔軟に磨いていくこと
なのかもしれない。
